プノンペンのキリング・フィールド

 

「あ、misaki!ここにいたー!」
「あれ?まだ約束の時間じゃないよね?」
「そうだけど・・・なにしてるのここに座って?」
「いや・・・見てただけ。もう行けるよ!」
「オーケー!実は、一緒にキリング・フィールドに行く客見つけたんだ~!」

 

博物館の前でお客さんを見つけたことを嬉しそうに話すアルン。

アメリカ人のカップルも一緒に加わって・・・

いざ、キリング・フィールドへ!!!

 

「あ、その前にベトナムビザを取りにいっても良い?」
「おーいいよ!てか事前申請したんだー。ベトナムかぁ・・・(遠い目)」
「え?なにか?」
「い、いやいや!!!(;*゚∀゚)=3」

 

しかし、そのオフィスにいってみたらしまっていて、あと30分後に開くということでした。

 

「あらーどうしよ。」
「30分くらい待てば良いよ~♪」
「そうだそうだ~♪」
「まぁ二人がそう言うなら…」
「あ、私wifiつながるカフェにちょっと行ってくるね!」
「そういうことなら、俺が連れてってあげるよ~!」
「え?まじ?いいの?(バイタクにしては腰が軽いな…)」
「ノープロブレムー!!!(*゚∀゚)=3」

 

でも結局wifiカフェ見つけられなくて、そのへんで自分で探してはいりましたけど(*´∀`)

映画レストランみたいな感じ。なんかプノンペンこういうのとてもよく見かけます。

 

コーラ(3,000リエル/75円)だけ頼んで、wifiで明日のチケットを買うためのバスターミナルを検索!

あーわかった。シティーセンターじゃなくて、センターマーケットの近くか。

 

「あ、いたいた!ごめんバスターミナルここだったわ!」
「あー!!!なんだー!!!もちろんここ知ってるよ~♪」
「ここでチケット買えるよね?」
「買える買える!えーと…うん、キリング・フィールドのあとで!」
「え?連れてってくれるの?」
「いいよ~♪」

 

いいやつ~~~!!!

これ、これ!癒される~~~!!!(*゚∀゚)=3

 

ビザも受け取り、いざキリング・フィールドへ!!!

 

カンボジアの道って、アスファルトでもめっちゃ砂埃がまうんです。

私も必死にカーディガンで鼻と口を塞ぎましたが、アレンはTシャツでふさいでるだけ。

病気になりそうで心配だよ・・・(´Д`;)

 

キリング・フィールド
7:00-17:30 15km southwest of the city, Phnom Penh, Cambodia 5$(with audio guide)

市内から南西へ約15km。1975年から1978年にかけてポルポト派により約2万人の人々が虐殺された現場。現在のトゥール・スレン博物館に拘置された人々がここに運ばれここで処刑された。1988年には塔が建てられ、内部に、掘り起こされた9000近くの頭蓋骨が積み上げられている。周辺にはまだ遺体が掘り起こされていない箇所も多く、人骨や衣服の切れ端が散らばり、その異様さを訴えてくる。(地球の歩き方より)

 

キリングフィールドは、オーディオガイド付きで5$で回れます。

 

いろんな国の言語があり、日本語もありました。

ポイントは全部で19箇所。

入り口から始まりぐるっと敷地内をまわって、最後に慰霊塔に戻ってくるという仕組みです。

 

ポイントには立て看板だけあって、実際は何も残ってないところも多いです。

ひとつひとつ、説明はとても丁寧で、ベンチに腰掛けながら、あるいは周辺を歩きながら、それぞれ想い想いに聴いていきます。

 

今のトゥール・スレン博物館からトラックにのって、このキリング・フィールドにきたカンボジア人たち。

“移動するだけ”
”新しい場所に移るから”

とだけ聞かされていたんだって。

もしかしたらやっと解放されると期待していた人もいたかもしれない。

 

でもトラックが着いた場所は、終わりの場所。

 

ひとりひとり順番に連れられていき、そして殺されていきました。

最初は1日50~70人くらいで、それじゃ追いつかず最終的には、300人もの人たちがこの場所に運ばれるようになったって。

まだ全ての人たちが掘り起こされたわけではなくて、雨によって骨や衣類の切れ端が土の中から表れてくることもあるって。

 

数百体もの遺体が発見された場所。

 

そして近くにあったキリングツリー。

足をもたれた赤ちゃんは母親の目の前でそのまま頭を木に叩き付けられ、そしてそのあとはその母親たちが殺されました。

木にはその跡がはっきりと残っていたって。赤ちゃんの髪の毛もたくさんついていたって。

 

マジックツリー。

この事実がばれないように、この木にスピーカーをつり下げて、大音量で音楽を流し、人々の悲鳴を消すためにしていたそうです。

 

殺す道具は、怪しまれないように農作業で使われるような道具ばかり。

ある時は食事に殺虫剤を混ぜて、弱ったところを生きる前に穴に落とされて、さらに上から殺虫剤をかけて殺されました。

 

大人は”知識人”として次々いなくなっていくから、看守側は、大人じゃなくて、徹底的に”洗脳”されていた14歳以下の子どもだったんだって。

 

これが、私たち人間なんですか?

 

私はそんな信じがたい事実を耳で聞きながら、とても穏やかな田舎の風景を目で見て、そして歩き進めていきました。

 

本当に、本当に、穏やかな時間の中を、恐怖と驚愕しかないいくつものストーリーを聴きながら歩きました。

 

ひとつひとつじっくりと、自分の中に入れようと、かみしめるように。

 

最初にこの場所を発見した人の恐怖は、計り知れません。

ちょっと芋を掘り起こしたとたん、とんでもない悪臭がしたんだって。

そしていたるところにある穴に気づき、のぞいてみたら、たくさんの変わり果てた人たちが。

 

そんなことになってるなんて知らなかったんだよ。

同じ国内でなにがあったか知らなかったんだよ。

いつも流れていた音楽が、人を殺すためのものだなんて、知らなかったんだよ。

 

最後に、慰霊塔の中に入りました。

 

キリングフィールドを1時間半ほど見学をして、心を痛めた私がいる。

シェムリアップで残してきたものを、少しだけ拾えたような気もする。

 

でもこれを自分に結びつけることは、はっきり言うと無理です。

あまりに私が生きてきた世界とは、かけ離れているから。

 

「ハーイ!じゃぁ、帰ろうか!」って笑顔で待ってた、カンボジア人のアルン。

 

私は聞きたいことがたくさんあるような気がしたんですが、なにも声をかけられずにいました。

 

人間ってこわいんですね。

私も同じ人間です。

 

だから、もっと、もっと、知らなきゃ。

心で感じなきゃと思いました。

 

ここまで読んでくださってありがとうございます!

 

 

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