ホーチミンの戦争証跡博物館で泣きそうになったことを何度でも思い出したい

 

こういう場所に向かう時、私の足は非常に重くなり、なかなか先へ進めなくなります。

 

戦争証跡博物館
7:30~12:00, 13:30~17:00 28 Vo Van Tan St. Dist.3 HCM City 15,000ドン(75円)

ベトナム戦争の歴史を、実際に使用された戦車や大砲、爆弾などの戦争遺物、写真などの展示で綴る博物館。目を覆いたくなるような凄惨なパネルや、枯葉剤による被害状況の記録、ホルマリン漬けの奇形胎児などの展示は、戦争の傷跡を生々しく証明している。(地球の歩き方より)

 

私はこういった負を残した場所が、とても苦手です。

なぜか。

正直に言いますと、それはこういった負の事実を目の当たりにして、心が重くなるからではありません。

 

その逆。

 

それを目の当たりにした時に、何も感じないことが怖いからです。

 

自分の冷めている部分を知っています。すぐ忘れる部分も知っています。

だから、誰もが何かを感じ取れる場所で、私ひとりだけ変に冷めてしまったらどうしようと怖いんです。

もしかしたら、自分はすごい冷たい人間なんじゃないかって。

 

恥ずかしながら、かなり利己的な自己防衛です。

しかし、あまりそのことは深く考えたことはありませんでした。

それまで私は、プラスなものだけを集めていたような気がします。

 

それが変わったのは、きっと東日本大震災の後。

あの時も、そこへ行きたくて仕方なくて、でも行くのが怖くて仕方ありませんでした。

でも、ボランティアに行ったことががきっかけで、たとえどう感じようとも知ることに意味があるんじゃないかと思いました。

 

そのボランティアの様子は毎日日記を書いていたので、お暇がある時にでも読んでいただけたら嬉しいです。

読んでもらうために書いたのではなく、ほんとにただのメモですので、正直ぐちゃぐちゃですが… ボランティア日記はFacebookでアップしておきます。

初海外を女ひとり旅してみたらFacebookページ~震災日記~

日記は夏1日目~7日目、そして冬と、8つあります。

 

だから、私は怖くても、自分がたとえ何も感じられなくとも、世界中の色んな場所で負の事実を知ってこようと思っています。

 

でも、本当にすごーーーーーく気は重いんだよう…

はぁ。。

行きますか。

 

博物館に入るとすぐ目に入ってきたのは、戦車や戦闘機でした。

一緒に写真を撮る人がちらほら。

私はこういうところで、自分がはいった写真を撮ることはできませんが…

 

建物は3階建てになっています。

事前にベトナム戦争のことを調べていて1階をざっと回ったとき、ああ、こんな感じの博物館かと、ちょっと思ってしまいました。

真剣に見ていたけれど、少し窮屈にはなったけれど、それだけ。

 

そして、2階へあがって・・・

逃げ出したくなるくらいの衝撃を受けました。

 

そこにあったのは、本当に、ありのままの、あの時の現実。

かなりえぐい写真がたくさん、たくさん、展示されていました。

記録としていくつか写真を撮りたかったのですが、手が思うようにあがらなくて・・・

(いくつか写真を載せますが、直接的な写真はありません。)

 

心拍数がみるみる上がっていくのがはっきりと分かりました。

何かをぎゅっと掴みたくて、腕を組んで守りたくて、私は必死に涙が出そうになるのをこらえました。

それほどまでに、衝撃的な写真ばかりだったのです。

 

こんなに苦しいのですが、でもやっぱりどこか違う世界のお話に思えました。

私が見た数々の写真たちは、「やる側」と「やられる側」がはっきりしすぎていて、こんなのどこかで見たことのある映画の話のようだと思いました。

 

そう思いたかったのかも。

 

こんなこと信じたくない現実だし、これが現実だと受け止めるにはあまりに人間が怖すぎるよ。

どんな想いだったのかなんて、とてもじゃないけれど、想像できない。

付くわけない。

 

今までも見たことのある、おもちゃみたいな本物の銃や爆弾。

それに初めて拒絶反応が出ました。近づきたくないって思いました。

 

すこしだけでも戦争が、私のいるこの世界の話だって思えたからなのかな。

それとも、写真があまりに衝撃的なものだったからだけなのかな。

 

テレビで知っていた、結合双生児のベトちゃんとドクちゃん。

あれは、ベトナムの話だったのか。

そんなことすら知らなくて、情けないな。

 

枯葉剤の、戦争の傷跡は、何世代も続いている。

そう遠くない年号が、遠い昔の話じゃないってことを教えてくれる。

 

私が生きていた時の話だ。

私は確かに日本で、生きていたんだ。

そして、今生きているこの世界で、まだ、残っていること。

 

写真を見て歩く私は、たぶん相当ひどい面持ちだったと思います。

ここにいるたくさんの人たちと一緒で。

 

知ること。

 

知ることは大切、
忘れないことは大切、
語り継ぎ繰り返さないことが大切、
未来に、子どもたちにつなげることが大切。

 

それなんです本当に。

向かうまでは憂うつだし、決して面白いことではないし、帰りもずっしり心が重くなるけど、「なにも感じなかったらどうしよう」は杞憂です。

 

なにか感じる。なにも感じない、も感じる。

それは震災の時に学んだこと。

 

それでもやっぱり今でもとても怖いです。

世界の事実を自分の中に入れたとき、私はどう感じるのだろう。

 

でも、そこから考えていけばいいんだよね。

形にならなくても、ひとつひとつ、自分のものにしていこう。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

 

★1000ドン=5円

 

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